キョウチクトウ科

夾竹桃(キョウチクトウ)はなぜ広島市の市花になったの?

キョウチクトウ




広島市にある平和記念公園の西側を流れる本川(ほんかわ)の両岸に
赤色と白色の花を咲かせるキョウチクトウが植えられています。
ちなみに平和大通りにある白色の夾竹桃(キョウチクトウ)は
ホノルル市からやってきたそうです。

また桃色の花を咲かせるキョウチクトウも平和大通りなどに植えられています。
こんな感じで広島市がキョウチクトウをいろんな場所に植えているわけですね。
夾竹桃の花は5月くらいから咲き始めますが、
8月6日の原爆の日(平和記念日)あたりに満開になります。

夾竹桃は5~6月から咲き始め夏に満開になるため
夏の花って印象しかない方が多いかもしれません。

でも、広島の人にとってキョウチクトウは『特別な花』なのだそうです。
しかも広島市の花にも指定されています。

今回の記事ではキョウチクトウ(夾竹桃)は
なぜ広島市の市花になったのか?解説したいと思います。

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キョウチクトウ(夾竹桃)が広島市の市花になった理由

キョウチクトウ

まず広島市公式のホームページには
夾竹桃について以下のように書かれています。

以下広島市公式ホームページより引用

キョウチクトウ
人類史上初めてもたらされた一発の原子爆弾によって、
焼野原となった広島は、
「75年間は草木も生えない」と言われました。

被爆後いち早く咲いたキョウチクトウは、
生き残った広島市民に復興への希望と勇気を与えてくれたもので、
市の花にもなっています。

被爆地広島が、世界の恒久平和を祈念して、
「平和の輪」を広げるために、平和記念公園内にある
キョウチクトウを挿し木して育てたものを配付しています。

以上引用終了

1945年8月6日広島市に原子爆弾が投下されました。

あたり一面焼け野原になり
「これから75年間は草木さえ生えない」といわれていたそうです。

あたり一面焼け野原だった広島市に
最初に咲いた花がカンナとキョウチクトウだったそうです。

原爆が投下された当初の広島は地面も汚染されていたでしょう。
とても草木が生える可能性はありませんでした。
だから専門家も75年間は草木が生えないといったわけです。

そんななかでキョウチクトウが花を咲かせました。
それくらいキョウチクトウは生命力が強いわけですね。

この辺についてはこちらの記事詳しく書いていますので
興味のある方はご覧ください。

そんなことがあってキョウチクトウは『復興の象徴』だといわれるようになったそうです。
そして1973年(昭和48年)10月15日号『広島市政と市民』の1面に
「市の木と花、何がいいか投票してください」と掲載されたそうです。
そして1973年11月15日号に「市の花はキョウチクトウになりました」
と決まったそうです。

そこから広島市の市の花(市花)として
原爆犠牲者への慰霊の意味も含めて1973年(昭和48年)
夾竹桃(キョウチクトウ)が指定されました

その年が猛暑かどうかなどによっても変わってきますが
平和記念日の8月6日にキョウチクトウの花が満開になるそうです。
平和記念公園の周辺で会ったり平和大通などで
市の花に指定されているキョウチクトウの花が6月から9月の間、
いっぱい咲いてくれるので、広島市民に元気や勇気を与えてくれます。

ちなみに

キョウチクトウは広島市以外にも

・千葉市
・鹿児島市
・兵庫県尼崎市

でも市の花として指定されています。

キョウチクトウには青酸カリよりも
強力な毒がありますが、それでも広島市で市の花に指定された理由を知ると
納得できますね。

以上で解説を終わります。

続いてキョウチクトウの毒性などについて記事を書きましたので
ご覧ください。